ファリサイ派(聖書の御言葉を重んじる)で最高法院の議員であった、ニコデモは、イエスに共鳴し、また、敬意を払っていたのでは、あるが、ファリサイ派であったために、イエスとの間に、距離があった。
過去の私と、イエスとの間には、距離があった。
私と、イエスの間の、距離が、徐々に、縮まっていく。
自分の過去の成果を誇るのではなく、また、誇ることによって、他人を裁くのではなく、今、イエスといる。
私を、取り巻く、全ての、財産や物や人は、私が、ぎゅうじるようなものではなく、主のものである。
主イエスの十字架の死と復活によって、全て、主のものである。